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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)14351号 判決

原告 鈴木浩

右法定代理人親権者父 閔恒植

同母 鈴木玲子

右訴訟代理人弁護士 佐々木恭三

被告 花村進

右訴訟代理人弁護士 小松昭光

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告に対し、昭和五三年一〇月二三日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を左記約定で賃貸し(以下「本件賃貸借契約」という。)、これを引き渡した。

(一) 期間 昭和五三年一一月一日より昭和五五年一〇月三一日までの二年間。

(二) 賃料 一か月金一〇万円。

(三) 支払方法 毎月末日限り翌月分を原告方に持参払。

(四) 敷金 金二〇万円。

2  原告と被告は、本件賃貸借契約を昭和五五年一一月一日より二年間更新した。

3  原告は、被告に対し、昭和五七年四月一三日被告到達の内容証明郵便をもって、同年一〇月三一日に期間満了となる本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨の意思表示をなした。

4  本件賃貸借契約の右更新拒絶は、次のような正当事由に基づくものである。

(一) 本件建物は、昭和四六年二月、原告及び原告の母がそれぞれ一室ずつ購入し、原告及びその両親が居住していたものであるが、本件賃貸借契約は、昭和五三年秋、原告一家がしばらくアメリカ合衆国において生活するため渡米するに際し、原告一家が将来帰国するなど自己使用の必要が生じた場合には、本件賃貸借契約を解約し、被告が原告に対し、本件建物を明け渡すとの了解のもとに締結されたものである。

(二) 原告の父、訴外閔恒植は、日本に貿易関係の会社を設立することを計画しており、資金等の関係から、当初は本件建物を事務所兼住居として使用する必要がある。

(三) 原告の両親は、昭和五三年の渡米時より、原告に対し、高等学校以後の教育は日本で受けさせたいと考えており、原告が高等学校に進学する頃までには帰国し、日本で生活する予定であるが、そのために本件建物を使用する必要がある。

(四) 原告は、昭和五九年六月、アメリカ合衆国カリフォルニア州シャーマンオークス市所在のバックリースクール九年生を卒業し、日本の高等学校に進学するため帰国し、東京都練馬区《番地省略》、訴外岩波儀郎方(原告の母方叔母夫婦)に寄寓して同年九月一日より東京都練馬区立大泉中学に通っている。

(五) 右夫婦の家は、一階が六畳とキッチン、二階が六畳と四畳半各一間しかなく、同夫婦には子供がいないとはいえ狭く、原告の母も帰国して原告と一緒に暮したいが、そのためにも本件建物を使用する必要がある。

(六) 被告は、同じマンションの七階にも部屋を借りており、本件建物を使用しなければならない必要性が少ない。

(七) 原被告間の信頼関係は、被告の賃料の履行遅滞等により損われている。

(1) 被告は、賃料を昭和五三年賃貸借契約締結の当時より一か月金一〇万円に据置いたにもかかわらず、昭和五六年八月分以降の分の支払を怠り、原告は、昭和五七年二月一九日被告到達の内容証明郵便で右昭和五六年八月分以降同五七年二月分迄の延滞賃料金七〇万円の支払を催告したところ、被告は、同年三月八日、右延滞賃料のうち金四〇万円を支払ったにとどまった。

(2) 被告は、その後も賃料の支払を滞ったままなので、原告は被告に対し、同年五月一三日被告到達の内容証明郵便で賃料不払を理由とする本件賃貸借の解除通知を行ったところ、被告は、同年五月二八日、昭和五七年一月分以降同年五月分迄、五か月分の賃料相当額金五〇万円を原告の所定の口座に送金してきた。

(3) その後も、被告は、毎月末日迄翌月分の賃料を支払うとの契約にもかかわらず、翌月になってから前月分を支払うという状態を続けている。

(4) 被告は、昭和五七年一〇月ごろから不在を理由として内容証明郵便の送達ができない状態を続け、郵便局からの不在者に対する郵便預りの通知に対しても郵便局に受取りに行かない。

(八) 予備的に、原告は、被告に対し、正当事由を補強するため金六〇万円又は裁判所の決定する額を立退料として支払う意思のあることを口頭弁論において表明した。

5  本件賃貸借契約の期間満了日である昭和五七年一〇月三一日はすでに経過したが、被告は右期間満了後も本件建物の使用を継続しているため、原告は、本訴状をもって右使用継続に対する異議を述べ、右訴状は、昭和五七年一二月四日被告に到達した。

よって、原告は、被告に対し、賃貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1乃至3の事実は認める。

2  請求原因4の事実について

(一)は否認。(二)は知らない。(三)及び(四)は否認。(五)のうち、(3)の被告が翌月になってから前月分を支払うという状態を続けていることを否認し、その余は認める。

なお、正当事由に関する被告の主張は次のとおりである。

(一) 被告は、本件賃貸借契約を締結するに際し、原告ら家族はアメリカに移住するから相当長期に亘り本件建物を賃借できると考えた。それだからこそ被告は、三五〇万円もの費用をかけて本件建物の内装工事をしている。

(二) 現在本件建物のあるマンションでは居住者間に住環境を保全する目的で「住居の会」が発足し活動しており、原告の父が本件建物を事務所として使用するとなれば居住者は反対運動を展開するのが必至である。

(三) 賃料支払の遅延は、被告が、昭和五五年一月七日、ヨーロッパ旅行をした際、脳出血で倒れ、帰国後も、入院治療、リハビリ、自宅療養を続けていたための止むを得ないものであり、かつ、原告が本訴を提起して昭和五七年一一月当時は、既に右の遅滞は解消していた。

(四) 郵便物の不受領については、被告は国際親善交流と旅行業を営むものであるから国内外の出張が多く、被告の不在時に書留郵便を代理受領することにより一定の法的効果が発生して重大な不利益を蒙るおそれを避けるためである。

右事実に対する原告の認否

被告主張(一)の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、次に右更新拒絶についての正当事由の存否について判断する。

1  《証拠省略》を総合すると、昭和五三年一〇月二三日に本件賃貸借契約を締結するに際し、原、被告間で、原告一家が将来アメリカ合衆国から帰国するなどして原告側に本件建物を自己使用する必要が生じた場合には、被告は原告に対し本件建物を明け渡す旨の合意がなされ、この合意との関係で本件建物の賃料は被告の前の本件建物の賃借人の賃料より一か月一万円宛減額されたとの事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

2  請求原因4(二)の使用の必要性については、本件全証拠によってもその主張のような使用の必要性が差し迫ったものとして存在することを認めることができない。

3  《証拠省略》を総合すると、原告の両親は、渡米する時点ですでに原告の高等学校以後の教育は日本で受けさせるつもりでいたこと、そのため原告の両親は、原告一家渡米中にも原告を再三に亘り日本に帰国させ、日本の公立中学校に一か月位の期間事実上在学させていたとの事実が認められ、《証拠省略》を総合すると、原告は、昭和五九年六月、アメリカ合衆国カリフォルニア州シャーマンオークス市所在のバックリースクールを卒業し、昭和六〇年四月から日本の高等学校に進学するため、すでに帰国して東京都練馬区《番地省略》所在の親戚の訴外岩波儀郎方に身を寄せ、昭和五九年九月一日から東京都練馬区立大泉中学校に通学している事実及び右の岩波儀郎方は一階が六畳とキッチン、二階が六畳と四畳半各一間しかなく、同所で原告とその母が岩波儀郎の家族と同居することは事実上不可能であるとの事実を認めることができる。

4  ところで、右認定の原告の両親が渡米時すでに原告の高等学校以後の教育を日本でうけさせるつもりでいたとの事実、原告が昭和六〇年四月から日本の高等学校に進学するためすでに帰国し、親戚の家に身を寄せ、前記の中学校に通学しているが、この親戚の家は、原告とその母が親戚の者と同居して暮せるだけの広さのものではないとの各事実、原告の帰国の目的、原告が高校進学をめざす年令の者であることからすれば、原告は母親と同居し、母親に生活上の世話をしてもらう必要があるとの事情、本件全証拠によっても原告一家の者が本件建物以外に日本国内に居住用の家屋を所有していることが認められないとの事情を合わせ考慮すると、原告には極めて切実な本件建物使用の必要性があるといわざるを得ず、このことと前記認定の原、被告間には本件賃貸借契約締結の当初から原告一家が帰国するなど原告側に本件建物使用の必要が生じたときは被告は本件建物を明け渡す旨の合意があり、この合意との関連で本件建物の賃料は被告の前賃借人の賃料より月額一万円減額したとの事情を合わせ考慮すれば、原告が更新拒絶の正当事由を基礎づける事情として主張しているその余の事実につき検討を加えるまでもなく、また被告が仮にその主張のごとき内装工事をして、現に本件建物を使用しているとしても、原告の前記更新拒絶には正当事由があるというべきである。

三  請求原因5の事実のうち被告が期間満了後も本件建物の使用を継続していることは当事者間に争いがなく、その余の事実は、顕著ないし記録上顕著である。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 窪田正彦)

〈以下省略〉

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